
薬剤師 中溝肇(はじめちゃん)
薬剤師であり、フルマラソン愛好家でもあります。 健康と運動、そしてお薬の専門知識を活かし、皆様の健康とパフォーマンス向上をサポートします。 トレーニングや栄養に関するアドバイスも可能です。 お気軽にご相談ください。

薬剤師という仕事をしていると、どうも「なぜ?」が気になって仕方がありません。
「この薬は、なぜ食後なんだろう?」
「同じ成分なのに、なぜ薬の名前が違うんだろう?」
「この薬は、本当に水で飲まないといけないのだろうか?」
仕事なら、それを調べるのは当然です。
添付文書を確認し、インタビューフォームを読み、ガイドラインを調べ、必要なら論文まで探します。
ところが、この職業病は日常生活にも侵食してきます。
ある日、ふと思いました。
「豆腐の角に頭をぶつけて死ね!」
……。
いや、ちょっと待て。
なぜ豆腐なんだ?
そもそも、
豆腐の角に頭をぶつけたら、本当に死ぬのか?
気になってしまった以上、仕方がありません。
今回は薬局業務とは一切関係のないこの疑問を、薬剤師が本気で検証してみます。
「死ね!」にしては、ずいぶん柔らかい
まず、言葉として考えてみましょう。
「死ね!」
これは分かります。
「石に頭をぶつけて死ね!」
これも分かります。
「壁に頭をぶつけて死ね!」
これも危険なので、言いたいことは理解できます。
ところが、
「豆腐の角に頭をぶつけて死ね!」
です。
なぜ豆腐?
豆腐は四角い。
確かに角はある。
しかし、柔らかい。
頭をぶつけたら、頭より先に豆腐が潰れそうです。
つまりこの言葉には、最初から妙な矛盾があります。
「角に頭をぶつけろ」と言っているのに、その角が豆腐。
物騒なのに、どこか間が抜けている。
これが、この言葉の面白さなのかもしれません。
実は、かなり古い言葉だった
この表現は、最近できたネットスラングではありません。
『日本国語大辞典』では、
「とうふの角へ頭をぶつけて死ぬ」
という表現を、「ふがいない者をののしっていうことば」としています。
さらに、古い用例として挙げられているのが、なんと1896年(明治29年)の落語です。
四代目・橘家円喬の「情死」という噺に、
「生きて居たって生甲斐の無い身躰、豆腐の角へ頭を打付けて死んで仕舞ふ方が好いんだ」
という台詞が登場します。
つまり、少なくとも明治29年には、すでにこの奇妙な言い回しが存在していたわけです。
しかも、その出身地は落語。
「死ね」という強烈な言葉に、「豆腐」という柔らかいものを組み合わせる。
どうやら日本人は、100年以上前から物騒な話を、ちょっと笑える話に変換する技術を持っていたようです。
では、なぜ「豆腐」だったのか?
ここからが本題です。
なぜ石ではなく、豆腐だったのでしょうか。
考えてみると、豆腐はこの言葉に非常に都合のいい食品です。
四角い。
だから「角」がある。
柔らかい。
だから、普通はそれで人を殺せない。
身近。
誰でも知っている。
そして、ちょっと頼りない。
この「角はあるのに、角として役に立たない」という絶妙な性質が、笑いを生みます。
「石の角に頭をぶつけて死ね」では、本当に危険です。
笑うどころではありません。
しかし、
「豆腐の角に頭をぶつけて死ね」
なら、
「いや、豆腐じゃ無理だろ!」
というツッコミが自然に入ります。
つまり、「死ね」という強烈な罵倒を、豆腐という柔らかい物体が中和している。
これは、かなり巧妙な言葉遊びです。
では、物理的にはどうなのか?
せっかくなので、薬剤師らしく科学的にも考えてみましょう。
通常の豆腐は、水分を多く含む柔らかな食品です。
そこに頭部が衝突すれば、豆腐は変形します。
つまり、
頭 → 豆腐
と衝突したとき、
豆腐 → 潰れる
という現象が起こります。
硬い壁や石と違って、衝突した相手が大きく変形するわけです。
そのため、通常の豆腐の角に頭をぶつけることで、致命的な頭部外傷が起こるというのは、極めて考えにくいでしょう。
ただし、
「豆腐なら絶対安全」
と断言するのも、科学的には少し乱暴です。
豆腐を凍らせれば物性は変わります。
豆腐の大きさや質量、衝突速度、接触面積などが変われば、当然ながら衝撃も変わります。
つまり、
「豆腐だから安全」なのではなく、「通常の豆腐は、衝撃を受けると大きく変形するため、硬い物体とは違う」
ということです。
……ここまで調べて、ふと思います。
私は一体、何を真剣に調べているのでしょうか。
「当たり前」を一度疑ってみる
しかし、ここで今回の話が少しだけ真面目になります。
私たちは普段、さまざまなことを「当たり前」だと思っています。
「豆腐は柔らかい。」
「豆腐の角に頭をぶつけても死なない。」
だから、わざわざ考えません。
ところが、
「なぜ?」
と一度立ち止まると、そこには歴史があり、言葉の工夫があり、物理学があります。
そして、これは薬局の仕事にも少し似ています。
患者さんから、
「この薬は眠くなるんですよね?」
「この薬は腎臓に悪いんですよね?」
「薬は全部食後に飲むものですよね?」
と聞かれることがあります。
そこで、
「はい、そうです」
と答えて終わるのではなく、
「本当にそうなのか?」
と考えてみる。
眠気はどの程度なのか。
誰に起こりやすいのか。
腎機能によって何が変わるのか。
「食後」とは何を意味するのか。
薬によって、その答えは違います。
一見すると同じように見えるものでも、条件が変われば話は変わる。
だからこそ、薬剤師は「当たり前」を一度疑ってみる必要があります。
薬局には「豆腐の角」がいっぱいある
考えてみれば、薬局は「当たり前」でいっぱいです。
毎日見る薬。
毎日見る処方箋。
毎日繰り返す調剤。
毎日行う服薬指導。
慣れてしまえば、何も疑問に思わなくなります。
しかし、
「なぜこの薬なのか?」
「なぜこの用量なのか?」
「なぜこのタイミングなのか?」
と、一歩立ち止まってみる。
すると、いつもの処方箋の中にも、意外な発見があります。
「当たり前だから正しい」とは限りません。
逆に、「昔からこうしているから間違っている」とも限りません。
大切なのは、
一度疑って、根拠を確認すること。
その結果、
「やっぱりこれでいい」
と分かれば、それも立派な確認です。
薬剤師にとって「疑う」というのは、否定することではありません。
確認することなのです。
豆腐の角から、薬の角へ
さて。
ここまで来て、ようやく気づきました。
今回のテーマは「豆腐」でした。
薬とは何の関係もありません。
しかし、よく考えてみれば、薬にも「角」があります。
薬の形。
薬の名前。
薬の用法。
薬の常識。
そして、その一つひとつに、
「なぜ?」
があります。
「これは昔からこうだから」
で終わらせず、
「本当にそうなのか?」
と調べてみる。
それが、薬剤師という仕事の面白さなのかもしれません。
結論――豆腐の角では、たぶん死ねない
今回の検証結果です。
■「豆腐の角に頭をぶつけて死ね!」の由来
少なくとも**1896年(明治29年)**の四代目・橘家円喬の落語「情死」に用例が確認されています。
『日本国語大辞典』では、**「ふがいない者をののしっていうことば」**とされています。
つまり、かなり昔から使われてきた罵倒表現です。
■なぜ豆腐なのか?
四角くて「角」がある。
でも柔らかい。
だから、「死ね」という物騒な言葉と組み合わせると、
「いや、それじゃ死なないだろ」
という笑いが生まれる。
おそらく、この絶妙なナンセンスこそが、この言葉の魅力なのでしょう。
■本当に死ねるのか?
通常の豆腐であれば、豆腐そのものが大きく変形するため、致命的な頭部外傷を起こすとは考えにくい。
ただし、だからといって実験するのはおすすめしません。
豆腐の角より、転倒して床に頭をぶつけるほうが、よほど現実的に危険です。
おわりに
今回、豆腐の角について本気で調べてみました。
最初は、
「なぜ豆腐なんだ?」
という、どうでもいい疑問でした。
ところが調べてみると、明治時代の落語につながり、言葉の歴史につながり、物理学につながり、最後には薬剤師の仕事にまでつながってしまいました。
身の回りには、こういう「どうでもよさそうな疑問」がたくさんあります。
そして、そういう疑問を一つひとつ掘り下げていくと、
「当たり前だと思っていたことが、実はそれほど単純ではなかった」
ということがあります。
薬局でも同じです。
薬について「なぜ?」と思ったら、ぜひ薬剤師に聞いてみてください。
薬剤師は、根拠を調べるのが仕事です。
……まあ、今回のように、
「豆腐の角に頭をぶつけたらどうなるんですか?」
と聞かれると、少々困りますが。
それでも、たぶん調べます。
なぜなら、それが薬剤師だから。
そして、ここまで読んでくださった皆さん。
今回の検証を一言でまとめるなら――
豆腐の角では、たぶん死ねません。
でも、疑問を持つことはできます。
そして、疑問を持ったら調べてみる。
調べてみたら、意外と面白い。
そんな「身近な疑問」を、これからも薬剤師の視点で本気で検証していきたいと思います。
薬剤師が、身近な疑問を本気で検証する。
次回も、どうぞお楽しみに。
それでは最後に。
豆腐の角に頭をぶつけるくらいなら――
薬で困ったときは、頭をぶつける前に薬局へ。
そのほうが、きっと「クスリ」と笑えます。
……薬だけに。