在宅こぼれ話6⑥ 〜Oさんに認知された日〜

薬剤師 微熱先生のプロフィール写真

薬剤師 微熱

在宅業務担当しています。音楽と自然が大好きです。好きなことには熱中するタイプで、最近ピアノを始めました。健診でコレステロール高めと指摘されるお年頃ですが自転車で毎日駆け回っております。人生の最期を迎えるその時に、「いい人生だった」と言えるように過ごしたいと思っています。

 

最近、担当になったOさん。

 

気さくでお話好きな方なのですが、まだ担当になって間もないこともあり、たぶん私の名前は覚えていません(笑)。

 

ある日、昔は田舎で畑をやっていて、野菜を作っていたという話を聞きました。

「そうなんですか!私も畑やってるんですよ」

そう言って、スマートフォンに入っていた畑の野菜の写真を見てもらいました。

 

すると写真を見ながら、

「美味しそうだねぇ」

「これ、あんたが作ったの?」

「食べたいなぁ」

と、嬉しそうな顔。

 

「なかなか自分で買いに行けないからねぇ。近所のスーパーの野菜は、あんまり美味しくないんよ」

昔、畑で野菜を作っていた人に、自分が育てた野菜を見てもらう。

それだけなのに、なんだかちょっと嬉しい。

「じゃあ、また野菜作りますからね」

そう約束して、その日は帰りました。

 

そして、次にお会いしたときのこと。

Oさんは、施設でお知り合いの方と楽しそうにお話をされていました。

 

私が近づいていくと、私の顔を見るなり、お知り合いに私のことをこう紹介したのです。

「あ、この人ね。百姓しとるんよ」

 

……え?

 

(笑)

 

私の名前は、やっぱりまだ覚えていない。

 

でも、「畑やってる人」

ということは、しっかり覚えていてくださったようです。

 

薬剤師として覚えてもらうより先に、まさか「百姓」として認識されるとは。

なんだか可笑しくて、嬉しくなりました。

 

Oさんは、ご主人に先立たれ、長年暮らした場所を離れて、今は施設で生活されています。

慣れない環境で、寂しさや不安を感じることも、きっとあるのだと思います。

それでもお会いすると、いつも気さくに話しかけてくださり、努めて明るく笑顔で過ごされています。

 

だからこそ、野菜の写真を見たときの、あの嬉しそうな表情が心に残りました。

もしかしたら、写真を見ながら、昔暮らしていた場所や、畑の風景を思い出していたのかもしれません。

 

土に触れ、野菜を育てていた頃。

「今年は何を植えようか」と考えていた日々。

そんな記憶が、野菜の写真から少しだけよみがえったのかな、と思います。

 

畑仕事は、正直しんどい。

 

特に夏。

暑い中で草を取ったり、野菜の世話をしたりしていると、

 

「今日はもう帰りたい……」と思うこともあります。

 

それでも、Oさんの「楽しみにしているよ」

という言葉を思い出したり、一緒に畑を作っている仲間や、いつも教えてくださる農家さんの顔を思い浮かべたりすると、

 

「もうちょっと頑張ってみようかな」と思えるから不思議です。

 

そして、畑を始めてから気づいたことがあります。

私は、畑では「人からどう評価されるか」をあまり考えずにいられる。

上手にできるか。

誰かに認めてもらえるか。

役に立つか。

そんなことを考えすぎず、「やってみたいから、やってみる」

「自分が納得するまで、やってみる」

そんな時間が、今の私にはとても心地いいのです。

野菜を作っているつもりが、私自身も畑からいろいろなものをもらっているのかもしれません。

 

そして先日、Oさんに言われた一言。

「この人、百姓しとるんよ」

 

思い出すたびに、ちょっと笑ってしまいます。

名前はまだ覚えてもらえていないけれど、

「百姓しとる人」

 

として覚えてもらえたなら、それも悪くない。

 

今年の夏も、暑い畑で汗をかきながら、もうひと頑張り。

Oさんに、「美味しいねぇ」

と言ってもらえる野菜を、また作ろうと思います。

 

そして次に会ったときには、もしかしたら――

「百姓の人」から、

「ああ、薬剤師さんね」

に昇格しているかもしれません(笑)。