
薬剤師 微熱
在宅業務担当しています。音楽と自然が大好きです。好きなことには熱中するタイプで、最近ピアノを始めました。健診でコレステロール高めと指摘されるお年頃ですが自転車で毎日駆け回っております。人生の最期を迎えるその時に、「いい人生だった」と言えるように過ごしたいと思っています。
在宅こぼれ話〜その2〜
「小松菜を植えたらいいよ」と言ってくれたKさん
毎日蒸し暑くて訪問に出ると体力消耗しヘロヘロになっている私ですが、今日はそんな在宅業務でのお話をさせて下さい。
Kさんお宅を訪問すると、だいたいテレビがついていました。
「テレビ、お好きなんですね」と尋ねると、
「ただつけてるだけ」と、そっけなく返ってくる。
Kさんは私が担当させて頂いてからしばらくしても、普段から多くを語らず、喜怒哀楽もあまり表に出さない方でした。
けれど、どこか寂しそうな表情が印象的で、「いつか笑わせてみたいな」なんて、密かに思っていました。
会話は多くはなくても、薬は毎回きちんと飲んで下さっていて、こちらの質問には毎回的確な答えが返ってきました。この仕事を始めてから最初に私の名前を覚えて下さった方でもありました。
息子さんご夫婦が庭で野菜を育てていて、ある日そのことを話したらいつもよりたくさん会話が弾みました。私も野菜作りに興味があったので、我が家でもトマトの苗を買って育て始めたことを報告していました。
ある日、私が「何を植えたら良いですかね」と尋ねると、Kさんは
「小松菜がいいよ。」
と答えました。
「小松菜ですか?」と驚いて聞き返すと、
コクリと頷いて、「すぐ大きくなるから」と教えてくれました。
私はさっそく、小松菜の種を買って育ててみました。
けれど、私には思ったより簡単ではなく、芽が出てからしばらくして枯れてしまいました。
「簡単なはずの小松菜、失敗しちゃいました〜」って報告したら、Kさんはなんて言っただろう。
そんなことを今でもふと思います。
ちょっと笑ってくれただろうか。
それとも、「そういうこともあるよ」と、いつものように静かに、そして穏やかに返してくれただろうか。
その答えを聞くことは、もうできません。
「また来ますね!」
それが、Kさんとの最後のやりとりになりました。
ショートステイ後に体調を崩し、そのまま入院。
病院で亡くなったと連絡を受けた直後はもう会えないということに現実味がなく、全く想像出来ませんでした。
寂しさと、ぽっかりと空いた思い。
けれど、Kさんとのあのやりとりは、私の中でちゃんと生きています。
あれから私は、野菜作りをもっと学びたいと思い、今年から近くの農家さんに教えてもらいながら、野菜作りを始めました。
もちろん、小松菜も植えました。
虫食いがあって少し不恰好ですが、でもちゃんと大きく育ちました。
土から顔を出した青々とした葉を見ながら、心の中でそっと報告しました。
「私、小松菜育てられましたよ。」
私が在宅業務で大切にしていることは、患者さんにお薬を飲んでもらうことだけではなく、その人が最期まで自分らしく生きられるよう出来る限り寄り添っていくことです。Kさんとの関わりの中で自分がもっと何か出来たのではないかと思うことは多々あるのですが、出会えたご縁に感謝し、これからの自分の糧にしていきたいと思います。